要チェック!~ 津波訴訟から見えてくるもの

先月、東日本大震災時の津波で亡くなった自動車教習生の遺族らが自動車学校側に損害賠償を求めた事案が、和解解決しました。第1審の地方裁判所は、教習生(故人)一人当たり4千万円以上の賠償責任を認める判決を出したのですが、高等裁判所では、一人当たり50万円という大幅減額での和解解決です。(毎日新聞の記事はコチラ)

和解解決に至った理由については、「学校長らが津波で死亡しているため、教習生の被災について客観的事実を確定するのは限界があり、津波の予見可能性の判断に困難を伴う」(裁判長)とのこと。

本訴訟の重要な争点は、【自動車学校という一つの会社組織として、津波を予想できたか、予想できたとしていつの時点で予想できたか?】でした。

地方裁判所は、①当時、気象庁から、高さ10メートル以上の津波が来るという津波警報が複数回発表されていたこと、②町役場や消防などの広報車が、街中を走り回り、気象庁の津波警報を知らせて避難を呼びかけていたこと等の前提事実を基に、“ 自動車学校たる会社組織として、教習所付近にも津波が来ることを予想できたはず ( したがって、その時点で、教習生を避難させることができたはず ) ” と指摘し、賠償責任を認めました。

ただ、今回の事案、とても痛ましいのですが、学校長など会社のトップ3も津波により亡くなられています。

会社組織として、当時、どのような情報を把握し、どのような事態を予想し、どのような行動に移すことができたか】という問いかけは、結局、【会社の重役が、各々どのような情報に接し、どのような事態を予想し、最終的に組織としてどのような対応を採ることを決定できたか】ということに他なりません。しかし、そのトップの方も亡くなられてしまっており、今となっては、当時の状況をはっきりと確認する術がないのです。

そのため、上述のような裁判長コメントも一つの理由として、和解解決へと話が進んだものと思われます。

遺族が相手方遺族を訴えるという、何とも哀しい紛争類型ですし、法的責任を問うにも、その土台となる事実関係が明らかにできない・・・。責任追及に限界があります。

1審判決文を読み返しましたが、震災の悲劇は想像に難くなく、亡くなられた方のご冥福をお祈り致します。

文責 弁護士 和田拓郎

 

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