要チェック!~ 認知症と家族の監督責任

平成28年3月1日、最高裁判所が、認知症の男性が、JR東海の線路内に入って電車と衝突し、JR側から損害賠償を求められていたケースについて、家族の損害賠償責任を否定する判決をだしたのは記憶にあるかと思います。ラジオでは、以前、2回ほど取り上げてお話しをしたのですが、最高裁判決から1年、再度、確認をしておきましょう。

平成19年に、当時91歳で認知症・徘徊癖のある男性が線路内に侵入して電車にぶつかり死亡。JR側は、男性の妻や長男などに対し、運行の遅れが生じて手間がかかった費用として720万円の損害賠償請求をした事案です。名古屋地方裁判所では妻と長男について、名古屋高等裁判所では妻について、その賠償責任を課す判断をしましたが、最高裁は、男性の妻、長男いずれの責任も否定しました。

地裁・高裁は、この男性を自宅で介護する家族の責任を認めたため、介護問題を抱えるご家族一般にとって、ショッキングなニュースだったわけですが、それを最高裁がひっくり返したので、当時の報道は、“良かったね、ホッとした”というような雰囲気でした。しかし、実は、手放しで喜べる判決ではありません。

最高裁判決は、本件ケースにおける当該家族には損害賠償責任は無いと判断しただけであって、広く、自宅介護する家族はいかなるケースでも損害賠償責任を負わないとは言っておりません。

実際の判決では次のように述べています。「責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行い、・・・単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、衡平の見地から・・・(被害者側は)その者に対し・・・損害賠償責任を問うことができる」。「その者」、つまり、自宅介護する家族が損害を被った第三者に対して損害賠償責任を負うこともありうる、と言っているのです。また、「その者」とは、必ずしも家族を意味するとは限りません。福祉施設担当者だってありうるのです。そして、日々熱心に介護に取り組めば取り組むほど、介護者の賠償リスクが高まってしまう、という???な論理構造になっています。

別の観点からこの問題をみますと、昨今、社会保障費の増大で、国は、地域包括ケアシステムを打ち出しています。要は、【医療から介護へ、施設から自宅へ】という形で、国が負担する社会保障費を抑える流れのことですね。この最高裁判決は、今後、ケースによっては、介護する家族の損害賠償責任が認められる場合もある、といってるのですから、当然、賠償リスクの観点から自宅介護を躊躇する場合だってありえるでしょう。心理としては【自宅から施設へ】ということです。これでは、国が打ち出す将来の社会保障制度のあり方とは逆行する方向へと流れてしまいます。

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